杉山耕一朗(北大理・地惑)
ugiyama@gfd-dennou.org
2005/08/21
気塊を断熱的に上昇させる過程を考える. 気塊の密度と周囲の空気の密度差 によって浮力が生じ, その浮力を復元力とする振動の振動数を浮力振動数 と呼ぶ. 浮力振動数の 2 乗を静的安定度 と呼ぶ.
気塊が上昇することによって, 本来は気塊の周囲の大気の圧力と密度も影響を 受けるはずである. しかしその影響を小さいとして無視する方法をパーセル法と いう. 本節ではパーセル法による静的安定度の定式化を述べる.
気塊とその周囲の大気を考える. 気塊とその周囲の大気には以下のような関係が 成立すると仮定する.
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(6) |
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前節の議論より, 静的安定度を与えるためには, 1) 気塊の分子量と大気の分子量との関係, 2) 大気の平均的な温度分布, 3) 大気の平均的な分子量分布, 4) 気塊の温度変化, の情報が 必要である. 本節では, その 3 つの与え方を考察する.
1) の気塊と大気の分子量の関係であるが,
理想気体の条件が成立し,
かつ において気塊と周囲の大気温度が等しいと仮定するならば,
2) の大気の平均的な温度分布は, 大気の湿潤断熱温度減率から与える. Fig.2 は地球大気の平均的な温度構造の決まり方の 模式図であるが, 地球のように活発な対流を生じる大気での温度構造は 湿潤断熱的な構造となっている. 他の惑星大気においても, 活発な対流活動が 存在すれば, 温度構造は湿潤断熱的な構造になっている可能性がある.
3) の大気の平均的な分子量分布は, 大気の湿潤断熱的に決まる分子量減率を そのまま用いる. Fig.2 に示したように, 地球大気の平均分子量は ほぼ乾燥成分の分子量である. 他の惑星大気においても 平均的な分子量分布は湿潤断熱的に決まる分子量分布からずれている可能性が高 い. しかし本節では分子量の効果を最大限に見積もるために, あえて上記の設定を用いる.
4) の気塊の温度変化は断熱温度減率によって与える. 気塊内で凝縮が生じるか否かで, 湿潤断熱温度減率または乾燥断熱減率が選ばれる.
多数の凝縮成分の存在する系において,大気の平均的な温度分布と分子量分布の 具体的な定式化を与えるのは困難である. そこで本節では 3) の 気塊の温度変化 の具体的な形式を与えるにとどめる. 凝縮成分と乾燥成分の 2 成分から成る大気の大気の平均的な温度分布と分子量 分布は簡単に与えることができるが, その定式化は次章で行うこととする.
従来の研究では, 大気中の可凝縮成分は十分に少ないと仮定し,
大気の平均分子量と平均比熱は乾燥成分のそれに等しいと見なす
ことがままある. そこでそのような場合についても式を求めておく.
この場合, (9) 式の
右辺第 2 項の分子量効果が無視できるので,
本節では, 静的安定度と凝縮成分気体のモル比との関係を調べるために, 簡単な系を設定し, その時の断熱温度減率と静的安定度を議論する.
簡単のために, 大気は乾燥成分と凝縮成分の 2 成分から成るものとする.
乾燥成分と凝縮成分の分子量をそれぞれ と ,
乾燥成分と凝縮成分の比熱をそれぞれ と ,
凝縮成分のモル比を とする. その時, 系全体の分子量と比熱は以下のよう
に書ける.
Weidenschilling and Lewis (1973), Atreya and Romani (1985) に従って
湿潤断熱減率を定式化する. 熱力学の第 1 法則は,
(20) 式の潜熱による項を無視することで乾燥断熱温度減率が
求まる.
さらに凝縮成分が少ないとする近似式と 凝縮成分が多いとする近似式も併せて導出する. その導出は以下の通りである.
をモル分率と分圧の関数として表すと以下のようになる.
(20) 式に (31) 式を代入することで湿潤断熱温度減率が求まる.
さらに従来の研究で用いられた凝縮成分が少ないとする近似式を求め, さらに凝縮成分が多いとする近似式も併せて導出する. その導出は以下の 通りである.
静的安定度の式 (10) に (13) 式
を代入することで得られた式,
(41) |
さらに凝縮成分が少ないとする近似式と 凝縮成分が多いとする近似式も併せて導出する. その導出は以下の通りである.
本節では, 木星の水雲を想定した計算例を示す. 大気の乾燥成分として水素とヘリウムの混合大気(H/He = 0.095), 湿潤成分として水を想定する. そして温度, 相変化のエンタルピーを固定し, 水のモル比を変化させた場合の断熱温度減率と静的安定度の 変化を調べる.
計算で用いる物理量について考察する.
温度を固定した場合, 相変化のエンタルピーはクラウジウス-クラペイロンの式と
飽和蒸気圧の式から得られる. 水の飽和蒸気圧の式として Antoine の式を
利用する場合, その値は以下のように与えられる(化学便覧 改訂第四版).
(45) |
乾燥成分 | 湿潤成分(水) | |
分子量 (kg/mol) | ||
比熱 (J/K mol) | 33.5 | 27.66 |
重力加速度 (m/s) | 23.2 | |
気体定数 | 8.314 |
温度 | 相変化のエンタルピー | |
(K) | (J/K mol) | |
ケース 1 | 200 | 54417 |
ケース 2 | 300 | 44492 |
ケース 3 | 400 | 40518 |
ケース 4 | 500 | 38384 |
従来の研究では, 木星大気に含まれる水のモル比は十分小さいものとして 断熱温度減率および静的安定度を近似した式がしばしば用いられてきた. まずは木星大気におけるモル比を十分小さいとする近似の条件を求める. ついで十分大きいとする近似の条件も求めることとする 1.
凝縮成分の少ない近似の成立する条件 式は以下のように書ける.
凝縮成分の多い近似の成立する条件 式は以下のように書ける.
モル比の範囲は なので, (50)-(53) が 全て成立するモル比の範囲は のごく近傍のみである. しかし木星大気において凝縮成分のモル比が 1 となる状況は まず考えられないので, 凝縮成分の多い近似が成立することは無い.
以下では木星大気条件での乾燥断熱温度減率, 湿潤断熱温度減率, 静的安定度について, 実際にプロットした結果を一覧する.
Fig.3, Fig.4 に分子量と比熱を モル比の関数としてプロットする. モル比は 1 割程度しか値が変化しないが, 分子量は桁で値が変化する.
Fig.5 で乾燥断熱温度減率をモル比の関数として プロットする. モル比が 0.1 を超えたあたりから急激に値が大きくなる. 乾燥断熱温度減率は凝結温度に依存しないので, どの実験設定の時でも値は変化しない.
Fig.6 において, case2 ( K)での 湿潤断熱温度減率をモル比の関数としてプロットする. 凝縮成分のモル比を増加させると 相変化に伴う熱の解放によって湿潤断熱温度減率はしだいに小さくなる. しかしモル比が 0.1 を超えたあたりから分子量変化の効果 ( が から まで変化)のために値が増加に転じる.
相変化に伴う熱の解放の効果を見るために, (33)式の右辺の をプロットす る(Fig.7 参照). モル比を増やしていくと値が小さくなっていくが, モル比が 0.1 を超えるあたりからは最大値に漸近するようになる.
(50)-(53) で
示したように,
木星大気において凝縮成分が多いとする条件
(38) は現実的ではない.
しかし, モル比が
程度の場合に成立する
近似式を作れないわけではない. その場合は (53) の
み成立することを考え,
Fig.9 には, case1-case4 の場合として, 温度 を変化させた場合の湿潤断熱温度減率を示す.
Fig.10 において, case2(K)での静的安定度を プロットする. 凝縮成分のモル比を増加させると, 乾燥断熱温度減率はほぼ一定にも関わらず湿潤断熱温度減率は 緩やかに減少するので, 静的安定度の値はゆっくりと増加する. しかしモル比が 0.1 を超えたあたりから分子量変化の効果 ( が から まで変化)によって, その値が急激に増加する.
Fig.11 には, case1-case4 の場合として, 温度 を変化させた場合の静的安定度を示す.
Table 1 に示された化学種を含む仮想的な木星大気の静的安定度 を計算し, 水雲下部における静的安定度の最大値と水のモル比との関係を Fig.12 に示す. 乾燥成分である H と He の存在度は太陽系元素存在度 (Anders and Grevesse, 1989) に等しいとし, 凝縮成分である C, N, O, S の存在度は太陽系元素存在度の 1, 5, 10, 30, 50 倍として計算する. Fig.12 から, 1) 静的安定度は水の存在度に比例しないこと, 2) 静的安定度が増加しない理由は静的安定度は温度の逆数に比例するためであ ることが示される.
Fig.13 は, Achterberg and Ingersoll (1989) の指摘した 静的安定度と水のモル比の比例関係((42) 式)と, 我々の計算で得られた静的安定度の最大値, さらに (40) 式をプロットしたものである. (42), (40) 式を用いる際には凝縮成分は 水のみ考慮した. Fig.13 から明らかなように, Achterberg and Ingersoll (1989) の指摘した比例関係は, 水の存在度を 太陽系元素存在度の数倍以上増加させた場合には成立しない.
Fig.14 は木星大気の凝縮成分の存在度を, 太陽系元素存在度の 1, 5, 10 倍した時の静的安定度を示す. 木星では HO(s), NHSH(s), NH(s) が凝縮し, 太陽系元素存在度の 5 倍, 10 倍とした場合には NH-HS-HO(liq) も凝縮する. 静的安定度はそれぞれの凝縮成分の凝結高度に対応したピークを持つ. 木星大気において最も安定な成層は HO によって形成される.
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従来の論文では, そもそも気塊に含まれる凝縮成分は少ないと仮定し, 気塊には乾燥成分しか含まれないが, 周囲の大気には乾燥成分と凝縮成分が 存在するような系を考えてきた. 本節では従来の論文に従って,
気塊と大気の分子量が異なるため, を仮定していない
(7) 式から考察を始める必要がある.
を (7) 式に代入すると,
Achterberg and Ingersoll (1989) は静的安定度, 仮温度, 湿潤擬断熱温度減率
を以下のように与えた
2.
以下では, 前節で求めた静的安定度, 仮温 度, 湿潤断熱減率が, それぞれ (58) - (60) 式で 表現できることを示す. ただし彼らの計算では を仮定している.
初めに静的安定度の式 (58) は, () 式中の単位モル当たり
の量を単位質量当たりに変換することで求めることができる.
中島 (1998) は湿潤断熱温度減率と静的安定度を以下のように与えた.
ただし物理量を示す文字を変えてある.
以下では, 前節で求めた湿潤断熱温度減率と静的安定度が, それぞれ (63), (65) 式で表現されることを示す. また () と (65) 式を変形することで (64) と (66) 式がそれぞれ導かれることを示す.
(63) 式は (60) 式において,
とすることで直ちに求ま
る. さらに凝縮成分の少ないとする条件が成立する場合には
となるので, (64) 式は以下のように導出される.
静的安定度の式 (65) は, 静的安定度の式 (55) において, 単位モル当たりの
量を単位質量当たりの量に変換し, 凝縮成分の少ない条件下でのモル比と混合比の関係式
(61) および分子量の関係
(62) を用いることで求まる.
この文書はLaTeX2HTML 翻訳プログラム Version 2002-2-1 (1.70)
Copyright © 1993, 1994, 1995, 1996,
Nikos Drakos,
Computer Based Learning Unit, University of Leeds,
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Ross Moore,
Mathematics Department, Macquarie University, Sydney.
を日本語化したもの( 2002-2-1 (1.70) JA patch-1.8 版)
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Kenshi Muto,
Debian Project.
Copyright © 2001, 2002,
Shige TAKENO,
Niigata Inst.Tech.
を用いて生成されました。
コマンド行は以下の通りでした。:
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翻訳は SUGIYAMA Ko-ichiro によって 平成17年8月21日 に実行されました。
物理量 | 水 | アンモニア | メタン |
潜熱 [J/mol] | |||
凝縮温度 [K] |