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火星現象論: 火星の表面地形
地球流体電脳倶楽部
1997 年 1 月 21 日
概要:
火星の地形を概観する.
図1は火星の表面地形である.
これはマリナー9号により撮影された写真をもとに作成したものである.
火星の地形には次のような特徴がある.
それぞれの地域の年代は良くわかっていない.
図1 火星の表面地形(Earthlike planet)
火星の地形の高低差は地球に比べ大きい.
海水面がないので適当に基準面を決めてそこから地形の高度を測定する.
基準面としては平均気圧 6.1 mbar 面が用いられる.
地形の測定法は次の三通り.
- 探査機の Rader profile.
- 重力の分布(図2下段).
- マリナー9号による紫外線と赤外線の分光観測.
大気の存在を仮定して, 散乱・吸収が大きいところほど低い地点とする.
以上をあわせて USGS 地形図(図2上段)が作られる.
こうして作られた地形図から, 火星の表面はその特徴から大きく二つの領域に分け
られる.
- クレーターが多く存在する地域.
月のクレーター分布を用いた類推から, 形成年代は 3.5-3.8 Gyr 前と推定される.
南半球に多く分布し, 基準面から 2-5 km 高い.
- クレーターがあまり存在しない地域.
クレーター形成後, 何らかのプロセスで表面がならされた.
基準面から 1-3 km 低い.
北半球の高緯度地帯によくみられる.
また二つの大きなバルジ構造が存在する.
- Tharsis.
0N, 110 W 付近, 幅 6000 km.
大きな火山が存在(標高 27 km).
- Elysium.
30 S, 210 W 付近.
火星の高低差は約 32 km で地球(20 km) より大きい.
図2 USGS地形図(上段)と重力分布図(下段)(Carr, 1996, 図1-8).
火星地形の相対的年代を決める方法には以下の二つがある.
- 地形の層序
- クレーターの数
1) は相対年代の決定に曖昧さが残ってしまうので, 2) がよく使用される.
しかし十分大きな領域でクレーターの数を数えなければならない.
また小さいものは侵食されやすいので, 年代の決定にどうしても不確定性が生じる.
クレーター数の分布から地形は次のように分類されている(Tanaka, 1986).
- Noachian;
10km あたり直径 5 km 以上のクレーターが 200 個以上.
直径 16 km 以上のものが 25 個以上.
隕石重爆撃期(heavy bomberdment)に対応すると考えられている.
- Hesperian;
10km あたり直径 2 km 以上のクレーターが 400 個以上.
直径 5 km 以上のものが 67 個以上.
隕石重爆撃期(heavy bomberdment)終了後の時代.
- Amazonian;
クレーター数が上の二つ以下.
一番若い時代.
以上の三つの絶対年代を月のクレーター分布から推定する.
月のクレーター数の時間変化を図3 に示す.
3.8 Gyr より前を隕石重爆撃期と呼んでいる.
月も火星も同じような隕石衝突を受けてきたと仮定するなら, Noachian-Hesperian
境界は 3.8 Ga 頃と推定される.
しかしどの程度正しいかはわからない(Carr, 1996).
別のクレーターモデル(Tanaka et al., 1992)では
- Hesperian-Amazonian 境界;1.8-3.55 Ga
- Noachian-Hesperian 境界;3.5-4.3 Ga
である.
図3 月のクレーター密度の時間変化(Chyba, 1991; Carr, 1996, 図1-9).
2 節で分けた二つの領域を次のように呼ぶ.
- 高地(highland);クレーターが多く存在する地域.
主に南半球.
全球の 2/3 を占める.
- 平原(plain);クレーターがあまり存在しない地域.
北半球に存在.
このような違いが形成された原因の一つに, 集積過程後期において北半球高緯度
への巨大隕石の衝突が挙げられている(Wilhelms and Squyres, 1984).
火星の高地は月の高地並にクレーター密度が大きい.
しかしいくつか相違点もある(Carr, 1996).
- クレーターどうしの間隔が広い.
- クレーター盆地内には火山がほとんどない.
- クレーターの形態が異なる.
rampart crater の存在, 侵食を受けているものがある.
北半球に広がる平原.
その成因はいろいろある.
- 火山活動による溶岩流がたくさん重なってできた(Carr et al., 1977).
- 一時的に流水が存在した時代に湖が形成され, それによる侵食と堆積
によってできた(Schultz and Gault, 1984).
決定的なものはない.
火山活動と地中の氷の相互作用であることは確からしい(Carr, 1996).
二つの大きな火山地帯が存在する.
- Tharsis;
三つの大きな火山と Olympus Mons (図4, 幅 550 km, 高さ 27 km).
Tharsis 北東の Alba Patera にも火山が存在(幅 1500 km, 高さ 2-3 km).
山腹に無数の valley が存在し温暖な気候を示唆している.
- Elysium;
盾状火山.
周囲に channel が存在.
火山活動により地中の氷が融けて流れ出したと考えられている.
火山活動により噴出した溶岩は地球と比べて小さい.
隕石重爆撃期以後の噴出溶岩量は 610km と見積もられ
ている(Greeley, 1987 : Greeley and Schneid, 1991).
これより噴出率は 0.061 km/yr となる.
貫入岩を含めるとこの 10 倍位になる.
地球は最近 180 Myr で 30 km/yr (Sclater et al., 1980) なのでずっと
大きい.
しかし, 火星にはプレート運動がない(ホットスポットだけなら地球はその 1/10)
ことと, 火星のサイズ(地球の 1/10 質量)を考えれば, 火山活動の規模は
同じオーダーである.
図4 Olympus Mons(Carr, 1996, 図1-10).
火星にはプレート運動は存在しないと考えられている(Carr, 1996).
その理由は,
- 島弧のような火山列が存在しない.
- 沈み込帯(subduction zone)がない.
- 横ずれ断層,海嶺(ridge)のような構造がない.
地表の変形, 褶曲はおもに火山活動によるものと考えられている.
大峡谷(canyon)が存在する(図2).
Tharsis の山頂付近から東へ約 4000 km 延びている.
複数の canyon が集まったところでは幅 600 km, 深さは数 km.
その形成プロセスは次のように考えられている.
- 断層で作られる.
- 水または流動物が流れることで作る.
- その両方(始めは断層,そのあと流水等で削る).
図5 Marineris 峡谷の Coprates Chasma(Carr, 1996, 図1-11).
大きい方の幅は 90km, 深さは 6km.
極冠の周囲に層状の地形が見られる(図6).
これは poler layered terrain または poler layered deposits と呼ばれる.
厚い層状の堆積物の集まりと考えられている.
- 両極とも 80 付近まで広がる.
- 北極は厚さ 1-2km, 南極は 4-6 km (Dzurisin and Blasius, 1975)
- なめらかな表面に谷や斜面のような切れ目がある.
北半球は半時計回り, 南半球は時計回り.
- 冬は CO の霜に覆われる.
- ダストと氷の混合物で構成されると考えられている.
密度は 1000kgm (Marlin, 1986).
- クレーターの分布から形成年代は 10yr のオーダーと推定
される(Plaut et al., 1988).
形成には気候と何らかの関係があるとも考えられている(Carr, 1966).
「火星現象論: 火星の気候変動」を参照されたい.
図6 北半球夏の poler layered terrain(Carr, 1996, 図6-7).
写真の横幅は 40km.
アウトフローチャネル (outflow channels) とは
火星表面で見られる河床形態地形(図7)のことである.
地球で洪水がおきたときにできる地形と似ているので, 一時的に大量の水が
流れた跡であると考えられている(Carr, 1981).
- 支流が少ない.
- 出発点がはっきりとわかる.
- 中洲のような地形がある.
- 上流のほうが下流より深く削られている.
といった特徴がある.
図7 アウトフローチャネル(Carr, 1996, 図3-5).
写真の最も大きいクレーターの直径は 62km.
下側が上流にあたる.
以下の地域に分布している(図8).
- Chryse から Acidalia にかけて(20N, 45W
付近).
- Elysium 地域(30N, 230W 付近).
- Hellas 盆地の東側(40S, 270W 付近).
- Amazonis の西と南(20N, 160W 付近).
ほとんどのアウトフローチャネルは Hesperian 期に形成されたようである
(Masursky et al. 1977: Scott and Tanaka, 1986).
一部 Amazonian 期に形成されたものもある(Greeley and Guest, 1987).
図8 アウトフローチャネルの分布図(Carr, 1996, 図3-1).
黒い部分に分布している.
円は火山地帯を示す.
図9 Chryse Planitia 付近のアウトフローチャネルのスケッチ(Carr, 1981; Carr,
1996, 図3-2).
アウトフローチャネルは, 地下水が何らかのメカニズムであふれたため
形成されたと考えられている
1.
場所によって異なるメカニズムがいくつか考えられている.
- 厚い永久凍土の下で圧力が高まり, その下の帯水層から水があふれ出て
作られる(Carr, 1979).
隕石の衝突もその原因の一つ.
- 火山活動により地中の氷が融けて水があふれる.
- 谷間に水がたまり, そこからあふれる(McCauley, 1978).
上部は凍るがその下側には液体の水が存在できる.
バレーネットワーク(valley network)とは
火星によく見られる水路のような地形(図10)のことである.
- 幅はたいていのものは 2-3km.
広くても 10km 程度.
- 断面は矩形か U 字形.
水平な底と勾配のきつい壁面を持つ.
- バレーの終点は凹形になっていて, 急に途絶えている.
- 支流の数は 50 個を越えない.
- 支流の間隔もネットワークどうしの間隔も広い.
といった特徴がある.
図10 バレーネットワーク(Carr, 1996, 図4-8).
写真の横幅は 80km.
47.5N から 47.5S までの範囲における分布を図11に示す.
- 高地に多く存在する.
高度 2-5km の所に多い.
- 図11に示したバレーの 90% は Noachian 時代の地盤に存在する.
残りのほとんどは火山やクレーター, 渓谷の急な斜面上にある.
バレーの形成年代はその地盤の年代から見積もられる.
よってほとんどのバレーは Noachian 時代にできたと考えられる.
図11 バレーネットワークの分布図(Carr, 1996, 図4-2).
バレーは地下水の湧き出しによる侵食によって形成されたと考えられている.
地球で見られる流水による侵食地形によく似ていることがその根拠である.
現在の気候条件では水は凍ってしまうので, 実際に見られるようなスケール
までバレーは成長できない.
よってバレーネットワークの存在が, 過去に温暖湿潤な気候が存在したこと
に対する最も有力な根拠となっている(「火星現象論: 火星表層環境の進化」参照).
火星のクレーターの中には図12のように周囲に円い突出部(ローブ,lobe)を持った
ものがある.
これはランパートクレーター(rampart craters)と呼ばれている.
- クレーターの直径は 50km 以下(Mouginis-Mark, 1979; Barlow, 1988).
- 直径 10-20km 以下のサイズのものは, 同心円状に広がった一重のローブ.
- 10-20km から 50km の間の直径を持つクレーターは 多重ローブをもつ.
- 50km 以上の直径になると, 月のクレーターのようなクレーターになる.
- ローブを持ち始めるクレーターのサイズは緯度により異なる
(Kuzmin et al. 1988,1989).
- 赤道では 4-6km.
- 65 付近では 1-4km.
高緯度へ進むほど小さくなる.
- ローブまでの直径とクレーターの直径の比は, 直径が 8-12km のクレーター
については以下のようになっている(Squyres et al. 1992).
- 赤道では 2.5 .
- 北半球では 3.2 まで増加する.
- 南半球では 2.8 まで増加する
といった特徴がある.
ランパートクレーターは隕石が衝突した際に地下の氷が融け, そのため表層物質
が流動してできたと考えられている.
しかし, 大気によって衝突時の噴出物が選別されてできたという説もある
(Shults and Gault, 1979,1984) .
図12 ランパートクレーター(Carr, 1996, 図5-8).
クレーターの直径は 30km.
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謝辞
本稿は 1989 年から 1993 年に東京大学地球惑星物理学科で行われていた,
流体理論セミナー, 及び 1996 年に東京大学地球惑星物理学科で行われていた,
固体火星セミナーでのセミナーノートがもとになっている.
原作版は石渡正樹による「火星現象論」 (1989/05/19) であり,
林祥介によって地球流体電脳倶楽部版「火星現象論」
として書き直された (1996/06/23).
その後小高正嗣によって加筆修正された (1997/01/21).
構成とデバッグに協力してくれたセミナー参加者のすべてにも
感謝しなければならない.
本資源は著作者の諸権利に抵触しない(迷惑をかけない)限りにおいて自由に利用
していただいて構わない. なお, 利用する際には今一度自ら内容を確かめること
をお願いする(無保証無責任原則).
本資源に含まれる元資源提供者(図等の版元等を含む)からは, 直接的な形での
WEB 上での著作権または使用許諾を得ていない場合があるが, 勝手ながら, 「未
来の教育」のための実験という学術目的であることをご理解いただけるものと信
じ, 学術標準の引用手順を守ることで諸手続きを略させていただいている. 本資
源の利用者には, この点を理解の上, 注意して扱っていただけるようお願いする.
万一, 不都合のある場合には
まで連絡していただければ幸いである.
- ...
形成されたと考えられている1
- 地表にはないので地下にある, という程度のはなし.
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Odaka Masatsugu
平成19年5月29日