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火星現象論: 火星大気の水循環
地球流体電脳倶楽部
1996 年 12 月 12 日
概要:
火星大気中の水循環
バイキング探査によって大気中の水蒸気量が観測されている.
実際にはバイキングの周回船から, 水蒸気による太陽放射の吸収を測定することで
得られる.
図1 に東西平均した単位鉛直コラムあたりの水蒸気量
(単位は可降水量(pr m))の季節変化を示す.
=0 が北半球の春の始めに対応する(「火星現象論: 火星の基本的数字」参照).
- はじめはほぼ一様な分布を持つ.
春(=0)から夏(=90)にかけて, 北半球 60-80N で増加
しはじめる.
=120 で北半球の季節極冠は完全に消失した.
温度は 150K(CO2蒸発)から200K(水も蒸発)まで上昇し,
極付近の大気中水分は 100 pr m を越え観測期間中最大値を記録した.
- 中緯度 (30-60N) でも増加する.
増加は極域よりも長く続く.
- =140 以降徐々に減少する.
=180(秋の始まり)で北半球の夏に生じた水分は消え, 再び一様な分布になる.
- 秋から春への間の変化は少ない.
南の季節極冠は完全には消失しなかった.
図1 東西平均した単位鉛直コラムあたりの水蒸気量(単位: 可降水量(pr m))
の季節変化.
両極付近の実曲線より極側では日射がない.
矢印はダストストームの期間を示す (Jaksoky and Haberle, 1992; Carr, 1996,
図2-1).
図1 のような水の挙動は, いくつかの貯蔵庫間の交換で理解される(図2).
- 春から夏にかけて, 北半球の表土及び極冠から大気へ水蒸気が供給される.
一部は南半球の大気中に交換され, 南極付近で凝結する.
- 秋から冬にかけて, 北半球で再び極冠・地面に戻る.
南半球の極では凝結が続く(量は不明).
南半球から北半球への輸送も考えられる.
中緯度でも増加は主に極からの輸送によると考えられる.
しかし Haberle and Jalosky (1990) のモデルによれば輸送だけで
中緯度の増加をまかなうことはできない.
表土から出てきた分も考慮する必要がある.
バイキング探査の年が一般的な場合で南極冠に CO の極冠が残るなら,
南極には半永久的に水がたまっていく.
しかし, たまたまそのような年であった可能性もある.
地上観測からは両半球の夏で同様の水蒸気量が観測される(Barker, et al.,
1970).
これは年によっては南の CO 極冠が消え, 氷の極冠が露出することを
意味する.
正味どちらの半球に水が輸送されているのかは, 今も結論が出ていない.
(1)バランスしている(Davis, 1981), (2)南から北へ輸送される(James, 1985),
(3)北から南へ輸送される(Jakosky and Haberle, 1990),
というような意見がある.
いずれにしても正味の輸送量は小さい.
図2 水循環の模式図 (Jaksoky and Haberle, 1992; Carr, 1996, 図2-2).
- Barker, E.S., Schorn, R.A., Woszczyk, A., Tull, R.G. and
Little, S.J., 1970 :
Mars: Detction of water vapor during the southern hemisphere spring
and summer season,
Science, 170, 1308-1310.
- Carr, M.H., 1996:
Water on Mars,
Oxford Univ.Press, 229pp.
- Davis, D.W., 1981:
The Mars water cycle,
Icarus, 45, 398-414.
- Haberle, R.M. and Jakosky, B.M., 1990:
Sublimation and transport of water from the north residual polar cap
on Mars,
J. Geophys. Res.,95, 1423-1437.
- Jakosky, B.M. and Haberle, R.M., 1992:
The seasonal behavior of water on Mars,
Mars (Kieffer,H.H. et al., eds.),
University of Arizona Press, Tucson, pp.969-1016.
- James, P.B., 1985:
The Mars hydological cycle: Effects of CO mass flux on
global water disribution,
Icarus, 64, 249-264.
謝辞
本稿は 1996 年に東京大学地球惑星物理学科で行われていた,
固体火星セミナーでのセミナーノートがもとになっている.
小高正嗣によって地球流体電脳倶楽部版「火星現象論」
として書き直された (1996/12/12).
構成とデバッグに協力してくれたセミナー参加者のすべてにも
感謝しなければならない.
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していただいて構わない. なお, 利用する際には今一度自ら内容を確かめること
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Odaka Masatsugu
平成19年5月29日