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: 3.1 分子量と比熱 : 雲密度・静的安定度の計算方法 : 2.3 静的安定度

3 木星の水雲を想定した計算例

本節では, 木星の水雲を想定した計算例を示す. 大気の乾燥成分として水素とヘリウムの混合大気(H/He = 0.095), 湿潤成分として水を想定する. そして温度, 相変化のエンタルピーを固定し, 水のモル比を変化させた場合の断熱温度減率と静的安定度の 変化を調べる.

計算で用いる物理量について考察する. 温度を固定した場合, 相変化のエンタルピーはクラウジウス-クラペイロンの式と 飽和蒸気圧の式から得られる. 水の飽和蒸気圧の式として Antoine の式を 利用する場合, その値は以下のように与えられる(化学便覧 改訂第四版).

$\displaystyle \ln{e}$ $\textstyle =$ $\displaystyle A - \frac{B}{C + T},$  
$\displaystyle ただし$   $\displaystyle A = 7.9186968d0$  
    $\displaystyle B = 1636.909d0$  
    $\displaystyle C = 224.92d0$  

ただし上記の $e$ の単位は mmHg であり, $T$ の単位は $^{\circ}$C なので, SI 単位系に変換すると,
$\displaystyle \ln{e} = \left(
A - \frac{B}{C + T - 273.15 }
\right) \ln{10} + \ln{133.322}$     (44)

(44) 式を (30) 式に代入すると, 相変化のエンタルピーは以下のように表現される.
$\displaystyle \lambda$ $\textstyle =$ $\displaystyle R T^{2} \DD{\ln{e}}{T}$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle R T^{2} \frac{B * \ln{10}}{ ( C + T - 273.15 )^2 }$ (45)

以上の議論を踏まえた上で計算に利用する物理量とパラメタをまとめると 以下のようになる.
定数一覧
 

  乾燥成分 湿潤成分(水)
分子量 (kg/mol) $18 \times 10^{-3}$ $2.323 \times 10^{-3}$
比熱 (J/K mol) 33.5 27.66
重力加速度 (m/s$^2$) 23.2
気体定数 8.314

実験に用いるパラメタ
 

  温度 相変化のエンタルピー
  (K) (J/K mol)
ケース 1 200 54417
ケース 2 300 44492
ケース 3 400 40518
ケース 4 500 38384

従来の研究では, 木星大気に含まれる水のモル比は十分小さいものとして 断熱温度減率および静的安定度を近似した式がしばしば用いられてきた. まずは木星大気におけるモル比を十分小さいとする近似の条件を求める. ついで十分大きいとする近似の条件も求めることとする 1.

凝縮成分の少ない近似の成立する条件 $\Deqref{lapserate:Cond_LapseRate_low}$ 式は以下のように書ける.

$M \approx M_{d}$ の成立条件

$\displaystyle \frac{(M_{v} - M_{d}) X}{M_{d}}$ $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{(18.0 - 2.323) \times 10^{-3}}{ 2.323 \times 10^{-3} },$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle 6.7486 X
\ll 1.$  
$\displaystyle X$ $\textstyle \ll$ $\displaystyle 1.5 \times 10^{-1}.$ (46)

$c_{p} \approx {c_{p}}_{d}$ の成立条件

$\displaystyle \frac{( {c_{p}}_{v} - {c_{p}}_{d} ) X}{ {c_{p}}_{d}}$ $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{23.5 - 27.66}{27.66}X,$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle 0.21 X \ll 1.$  
$\displaystyle X$ $\textstyle \ll$ $\displaystyle 4.76.$ (47)

$\frac{ \lambda X}{R T} \ll 1$ の成立条件

$\displaystyle \frac{ \lambda X}{R T}$ $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{44492}{8.31 \times 300} X$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle 17.8 X \ll 1.$  
$\displaystyle X$ $\textstyle \ll$ $\displaystyle 5.6 \times 10^{-2}.$ (48)

$\frac{ \lambda^{2} X}{ c_{p} R T^{2} } \ll 1 $ の成立条件

$\displaystyle \frac{ \lambda^{2} X}{ c_{p} R T^{2} }$ $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{(44492)^{2}}{30 \times 8.31 \times (300)^{2}} X$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle 88 X \ll 1.$  
$\displaystyle X$ $\textstyle \ll$ $\displaystyle 1.1 \times 10^{-2}.$ (49)

以上より, (36) 式の成立条件を全て満たす モル比の範囲は $X \ll 1.1 \times 10^{-2}$ である.

凝縮成分の多い近似の成立する条件 $\Deqref{lapserate:Cond_LapseRate_high}$ 式は以下のように書ける.

$M \approx M_{v}$ の成立条件

$\displaystyle X \approx 1.$     (50)

$c_{p} \approx {c_{p}}_{v}$ の成立条件

$\displaystyle X \approx 1.$     (51)

$\frac{ \lambda X}{R T} \gg 1$ の成立条件

$\displaystyle \frac{ \lambda X}{R T}$ $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{44492}{8.31 \times 300} X$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle 17.8 X \gg 1.$  
$\displaystyle X$ $\textstyle \gg$ $\displaystyle 5.6 \times 10^{-2}.$ (52)

$\frac{ \lambda^{2} X}{ c_{p} R T^{2} } \gg 1 $ の成立条件

$\displaystyle \frac{ \lambda^{2} X}{ c_{p} R T^{2} }$ $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{(44492)^{2}}{30 \times 8.31 \times (300)^{2}} X$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle 88 X \gg 1.$  
$\displaystyle X$ $\textstyle \gg$ $\displaystyle 1.1 \times 10^{-2}.$ (53)

モル比の範囲は $X \le 1$ なので, (50)-(53) が 全て成立するモル比の範囲は $X = 1$ のごく近傍のみである. しかし木星大気において凝縮成分のモル比が 1 となる状況は まず考えられないので, 凝縮成分の多い近似が成立することは無い.

以下では木星大気条件での乾燥断熱温度減率, 湿潤断熱温度減率, 静的安定度について, 実際にプロットした結果を一覧する.



... ついで十分大きいとする近似の条件も求めることとする1
水以外の凝縮成分であるメタンやアンモニアについて同様の議論を行っても, 凝縮成分の少ない近似と多い近似が成立する条件はほとんど変わらない. 木星条件での化合物の代表的な数値は以下の通り. 水, アンモニア, メタンの潜熱(蒸発エンタルピー)と凝縮温度は化学 便覧の第 9.4 節「転移のエンタルピー」より抜粋.
物理量 アンモニア メタン
潜熱 [J/mol] $40.66 \times 10^{3}$ $23.35 \times 10^{3}$ $8.180 \times 10^{3}$
凝縮温度 [K] $373.15$ $195.40$ $90.68$



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SUGIYAMA Ko-ichiro 平成17年8月21日